飼育日誌
身近になった?“ノコギリガザミ”
皆さまこんにちは。
突然ですが“ノコギリガザミ”をご存じでしょうか。
南の地方ではメジャーな食用ガニで、英名でマングローブクラブやマッドクラブと呼ばれるとおり、川の河口域の泥地でよく見られます。
こちらを、1月の下旬から当館の「ミニ企画展示」で展示しています。
2年前の特別企画展「相模のカニ展」以来の再登場です。
飼育日誌2023.02.12 相模のカニ展⑦ アミメノコギリガザミ
ごっついハサミが迫力満点!カッコイイですね。
この手の「強そうな生き物」好きにはたまらない、ギラギラとした魅力があります。
今でも野外で出会えてうれしい種のトップ5に入っています。
若い頃、遠征先の沖縄県の川で出会って「危なっ!」と口にしながらも、ウキウキと採集を試みるのが最高の非日常体験でした。
そんな体験が、今では地元、神奈川県でも出来てしまうようになったのでした。
僭越ながらそれなりに地元のカニを調査してきた経験から、明らかに相模湾での生息数が増えていると感じます。
昨年の6月、相模川から得られた2種類の“ノコギリガザミ”の記録を論文にしました。
相模川河口域におけるカニ類8種の生息記録が論文掲載
相模川に“ノコギリガザミ”がいることは、30年以上前に判明しています。
その後も、河口の釣果として写真がインターネット上にちらほら見られるようになり、「ああ、いるんだなー」と思いながらも、モヤモヤしたものを抱えていました。
相模川の名を冠する当館員としては、何とか相模川で採集して「収蔵標本に基づく」「種まで同定された」公式記録を作りたかったのです。報告できて本当に良かったです。
詳しくは論文と、今回の展示解説を見て頂きたいのですが、ここでもうちょっと語ってみます。
私が神奈川県内のカニ調査に本格的に乗り出したのは、今から18年ほど前です。飼育員になって3年目、その年に入社してきたエビ好きの新人君を誘い、相模川の川岸をひたすら歩きながらカニを見つけて記録する「踏査」を行いました。その結果、珍しい初記録種や北限記録種を報告することができたのですが、残念ながら“ノコギリガザミ”には出会えませんでした。
その後、相模湾沿いの漁師さんとお近づきになるにつれ「珍しいカニがいたぞ」と“ノコギリガザミ”の情報をもらえるようになりました。当時はまだかなり珍しいカニだったのです。
今から2年ほど前、久々に相模川でのカニ調査を再開しました。
2年前の特別企画展「相模のカニ展」用の資料集めも兼ねて頑張って調べたところ、2個体の“ノコギリガザミ”を得ることが出来ました。
どちらも「少し育った幼体」でした。
ところで先ほどから“ノコギリガザミ”と名前にわざわざ点々を付けていますね。
実は近年(といっても10年以上前ですが…)、“ノコギリガザミ”は学術的に4種類に分けられることが分かったのです。
展示にも、私の描いたイラストで見分け方を解説してみました。
イラストだと分かりやすそうですが、実物を見分けるのはちょっと難しいです。
同じ種類であっても、色や模様の濃淡、甲らのとがり方に個体差があるためです。
今回はというと…
こちらが「アミメ」ノコギリガザミになります。
おでこのトゲがくっきり切り立っていて、全ての脚に網目模様があります。
もう一方が「アカテ」ノコギリガザミになります。
こんな名前をしていますが、手(ハサミ)の赤さはあまりあてになりません。
おでこのトゲがゆるっと低くて、足に模様がありません。
これらが、相模川から公式記録となった2種になります。
特にアカテノコギリガザミの方は、現時点で相模川が世界で一番北にある生息地「北限生息地」になっています。でも、近いうちにもっと北でも見つかるだろうと思っています。
最近の相模湾では、漁師さんが自分で獲って食べるくらい、増えているそうです。
地元の海でノコギリガザミがちょこちょこ見つかる日が来るとは、思いませんでした。
今回の展示も、地元の漁師さんに漁獲をお願いしていましたが、時期が悪く叶いませんでした。
そこで急遽、沖縄の方から入手することにしました。
ちょうど中国の春節の直前で、食材として中国へ送られる予定だったものを、何とか購入することが出来たのでした。
特にアカテノコギリガザミはあまり展示されることがないので、この機会に是非ご覧頂けたらと思います(たぶん、当館初展示です)。
伊藤