飼育日誌
ただいま貝展開催中⑤ カワニナ
皆さまこんにちは。
「貝展~みんな知ってるカイ?~」ついに12月8日を持ちまして閉幕です。
地味かな、と少し心配もしましたが、楽しんでくださっている方のお姿も多く目にし、また一部のお客様からは色々なご意見やご感想を頂くことが出来ました。
この場を借りまして、ご来館頂いた皆さまに心より感謝致します。
人間社会の中で、ふだん見過ごされがちな貝たち。
本展示を通して、ご覧頂いた皆さまの記憶のなかにポンと“貝のスペース”ができたなら、これが一番の成果であったかな、と思っております。
本シリーズ日誌の最後を何にしようか悩みましたが、最も身近であるがゆえに、モブキャラの筆頭となりがちな川の巻貝、カワニナについて語ってみることにしました。
相模川にすむ貝の中で最も数が多い種類の一つで、茶色くて細長い貝殻が特徴です。
当館でもっとも飼育数が多い動物でもあり、常時1000個体はいて、繁殖もしています。
というか、展示水槽によっては特別な配慮をしなくても殖え続けています。
そういう環境で働いていると、つい、いて当たり前、わき役、と軽んじてしまいますが、展示対象としても研究対象としても、面白い話題をいくつも提供してくれるホットな貝でもあるのです。
① ホタルの餌
「光る虫」として有名なホタルは、幼虫時代を水中で過ごします。メインの餌は水生巻貝であり、カワニナもその一つです。
夏の特別企画展「いきもの超☆能力展」の終盤から引き続き、今回も「貝にまつわる生き物」としてヘイケボタルの幼虫を展示しました。この数ヶ月間、当館の展示水槽内にいるカワニナをエサとして与えてみて、しっかりと育てられることが分かりました。ホタルの種類によっては、エサの選り好みがあり、例えばゲンジボタルでは別種のカワニナ類はもちろん、他産地のカワニナでもあまり食べないと言われます。ヘイケボタルの場合、モノアラガイやタニシを主に食べると図鑑に書かれていましたが、カワニナもメニューの一つに加えて大丈夫そうです。
② ヤゴの餌
12月3日に人ゾーンの「田んぼの生き物水槽」を更新し、ヤゴの展示を始めました。
生きた虫などを伸縮するアゴでとらえて食べるヤゴですが、いろいろ調べてみると小さなカワニナも好んで食べるらしいのです。ということでホタルに続き、ヤゴにもカワニナを与えてみることにしました。まだ、しっかりと食べているところを見ていませんが、ヤゴを飼育している水槽に入れたカワニナが殻だけになっているケースが多いように感じています。何とか捕食シーンを押さえたいな、と思っています。
③ 泳いで逃げる!?
泳ぐ、というと誤解があるかも知れませんが、自力で水面に張り付いて、ゆっくり移動することができます。背泳ぎともとれるこの行動、ずっと前に紹介したことがありますね。
飼育日誌2022.06.19 ウキウキ巻貝
フローティングとも呼ばれるこの行動は、海にすみ、幼生期を持たない巻貝にとっては、遠くへと分布を拡大する有効な手段であることが分かってきています。
でも、淡水の巻貝については、珍行動止まりで、その行動の意義などがあまり調べられていません。
今回、昆虫の餌として小さなカワニナを生きたまま水槽に入れて見ていたのですが、想像していた以上に「浮いて」くるではないですか!
フローティングはモノアラガイ類やリンゴガイ類の得意技であって、カワニナやタニシはあまり得意ではないと思い込んでいたので、ちょっと驚いたのでした。
小さいうちは浮きやすい、というのが第一に考えられますが、もう一つ、妄想があります。ホタルの幼虫やヤゴなど、自分を襲う相手がいると、浮いて逃げているのでは…と。
これは久々に調べてみたいと思わされました。
④ 新種?
ここ10数年の間にカワニナ類の分類学が進み、よく似た新種が発見されたり、逆に2種類が1種類にまとめられたり、ということが起こっています。カワニナ類の代表でもあるカワニナ(学名Semisulcospira libertina)では、まず、別種とされてきたチリメンカワニナがカワニナに含まれてしまったうえで4種類に分かれることがほぼ確実だとされています。チリメンカワニナの特徴ともいえる貝殻の縦方向のイボイボ(縦肋)は種の特徴とは言えなくなり、今のところは遺伝子を見ないと正確な種の区別ができないそうです。
さて、神奈川県のカワニナですが、キタノカワニナまたは未記載種(専門家の間ではカワニナ種群L4と呼ばれています)のどちらか、または両方がいる、という可能性があります。私たちがただのカワニナだったと思っていた貝が、実はそっくりな別種または新種候補だったという、なかなかロマンのあるお話でした。
カワニナに限らず、身近な生き物にも分かっていないことや、不思議なことがまだまだたくさん隠されているはずです。小さくて飼育しやすいカワニナのような生き物は、誰でも扱いやすいので、大きな設備がなくても観察や研究がし易いです。私もこれまで以上に、貝を調べて、地味ながらきらりと光るその魅力を発信し続けていきたいと思っています。
伊藤