飼育日誌

2023.12.25

コイがソウギョをお掃除するって?

皆さまこんにちは。
あの日から約半年、ついにこの話ができる日が来ました。
当館で確認された、世界的にも珍しいコイのある行動が、論文として公開されました。

その行動とはなんと「掃除行動」です!

「クリーナー」と呼ばれる一方の生き物が、もう一方の生き物の体をなめたりつついたりして、寄生虫や古い皮膚などを食べる行動です。この時、掃除される相手が逃げたり怒ったりせず、クリーナーの掃除に無反応だったり、積極的に受け入れる場合に「掃除行動が成立!」と見なされることが多いです。
有名なところでホンソメワケベラなどが、ちょっと珍しいところでゴンズイなどが、クリーナーとして知られています。


タカノハダイを掃除するホンソメワケベラ


ウツボを掃除するゴンズイの群れ

実は、コイの掃除行動に最初に気づいたのは、私たち飼育員ではありません。
アルバイトとして当館で働く大学生、中市創太朗さんです。
普段は当館の入口でお客様をお出迎えしたり、受付を担当している彼ですが、2023年の夏に当館のインターンシップ制度を活用して、大学の学芸員実習生としてやってきました。
この期間は受付を離れて、私たち飼育員の行う展示水槽の掃除やエサを手伝ってもらっていました。

開館前に、水槽の前面アクリルをふきながら、生き物に異変がないかチェックしてもらっていたところ、何気なく「異変」に気付いた彼。


ソウギョに近づき顔をつつくコイ

「なんか~コイがソウギョをつついているんですけど…大丈夫ですかね?」と撮影した写真を見せてきた彼。
それを聞いた私「えっ!それって掃除行動かもよ?コイが掃除するなんて聞いたことないし、今度見かけたらスマホで動画撮影しておくといいかも!」
なんて言ったものの、そう何度もそんな珍場面に出くわさないだろうと、正直思っていました。

その数日後です。「伊藤さん!コイのやつがまたやってます!今度は動画もばっちりです。」と彼。
早速動画を見せてもらいます。「これは!」私をくぎ付けにしたのは、掃除をするコイよりも、されているソウギョの方でした。
コイが近づいて、ソウギョをつつく。逃げるそぶりなし。それどころかたたんでいた背ビレをピンと立て、不自然に頭を上に向けだし、体を傾けていきます。その様子はまるで、コイのつつきを受けて「気持ちいい!もっと!もっと!」と言っているかのようでした。
これには心底、驚きました。


コイが掃除開始。たたまれていた背びれが…


掃除が始まったとたんにピーン!


だんだんと体を傾けるソウギョ

掃除された魚が見せるこうした行動を「掃除請求行動」とか「掃除請求姿勢」と言います。
掃除行動において「掃除請求行動」が見られるケースは、お互いの生き物が、最大限に協力し合って掃除行動を成立させた、と見なせるのです。
大きなソウギョは、その気になれば小さなコイなんて簡単に振り払って泳ぎ去ることが出来るにも関わらず、コイの掃除を積極的に受け入れた、と言い換えられます。

「このシーン、もしかするとスゴイかも!」と興奮する私と、それに驚く中市さん。
もしかすると誰も気づいていない可能性もあると思い、ちょっと調べてみることにしました。
掃除行動は海の生き物同士で発達してきた共生と考えられていて、淡水域ではあまり知られていません。それでも、世界中で数例ですが、淡水魚同士の掃除例があることが分かりました。その中にはコイも。「おっ、すでに誰かが観察していた…」と思いつつ調べを進めると、どうやらコイ同士で見られた掃除例のようでした。コイが他の種類に対して掃除した例はなく、またソウギョが誰かに掃除された例もないようだと分かりました。貴重な行動観察例として論文投稿してみたところ、その情報に価値ありと見なして頂き、このたび論文公開に至りました。ご指導ご協力を頂いた方々に心よりお礼を申し上げます。

掃除行動については過去に、ホンソメワケベラやゴンズイで調べてみたことがあります。
ホンソメワケベラは主に掃除行動によって食べ物を得ている専門家で、ゴンズイは普段は水底などで色々なものを食べていて、ときおり掃除行動をする、いわば兼業のクリーナーです。
兼業クリーナーがいつ掃除を行うのかは、よく分かっていません。
ずっと観察していても、全然掃除行動を見せてくれない場合も多いです。
今回のコイの場合、明らかに兼業クリーナーです。
コイと言えば、古くから人々に見られてきた魚です。それなのに、彼らがクリーナーであることに気づいた人は、私を含めほとんどいなかったことになります。
生き物が大好きで、常に興味津々で向き合う、中市さんのフレッシュな眼差しあっての成果です。

一方で私。コイが好きで、展示や研究でもたびたび扱ってきたにも関わらず、掃除行動に気づけなかったわけです。生き物に対して「この種はこういうもんだ」という先入観ありきで見るようになっていたのかと、ちょっと思うところもありました。それでも、掃除行動について興味を持って調べた過去の経験が、今回の「気づき」のきっかけになったのも確かです。そういった意味で、楽しいコラボレーションでした。

私たちが気づいていないだけで、実はクリーナーとしての生態を持ち合わせている生き物がまだまだいるはずです。これまで以上に、生き物をフラットな目線で見ていきたいと思わされました。

伊藤


2024年4月
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