飼育日誌

2023.10.14

貝の赤ちゃん⑥

皆さまこんにちは。
後編に続くと書いてから「相模の海の生き物展」の方にかかりきりで、気づいたら遅くなってしまいました。大変失礼致しました。
とは言え、詳しい内容はすでに「調査・研究」の方で書いていますので、今回も思い出混じりの語りでまいります。

前回、イシガイ類の塩分耐性について調べた結果を、2016年に公表することが出来たところまで書きました。
イシガイ類について「成貝はうすい塩水にも耐えられない」「赤ちゃん時代に、魚に寄生している間であれば、塩水に耐えて生き延びるものがいる」ことを確かめました。
続く研究では、残された謎をさらに深ぼっていくことにしました。
それは大きく分けて3つです。

1つ目は、海水の影響を受ける下流域でも、淡水化と塩水化を繰り返す場所であれば、貝が生きられる可能性があるのか、です。
下流域、特に海に近いところの特徴として、塩水が海の干満に合わせて水底をなめるように上がってくる「塩水くさび」の影響をうけることが挙げられます。こういう水域を感潮域といいます。
感潮域にイシガイ類が生息する例は、多くはありませんが知られています。本研究の発端となった西日本の水域も、その一つです。
こうした水域は、裏を返せば、常に塩水にさらされているわけではないわけです。
そこで試しに、成貝の飼育水を1~2日おきに淡水と塩水で入れ替えながら、様子を見てみました。
すると、塩水にさらしっぱなしの場合と比べて、元気に長生きする貝が多いことが分かったのです。

2つ目は「川にちょこまかと入ってくる海水魚」に、貝の赤ちゃんは寄生できるのか、です。
サケやアユをはじめとして、海(塩水域)と川(純淡水域)を行き来する魚は結構います。
ただ、これらは一度海に行ったらしばらく海に行きっぱなしです。
貝の赤ちゃんの寄生期間は、多くの場合1~3週間なので、川で赤ちゃんがこれらの魚に寄生したとしても、魚を離れる時にまわりが塩水なら、赤ちゃんは死んでしまうでしょう。
そこで「ちょこまか」がポイントだと考えました。
こうした魚を「周縁性淡水魚」とか「海水性両側回遊魚」と呼びます(実はこの二つはちょっと違うのですが、その話はまたいつか)。
当館の回遊魚水槽の解説板で「一時来遊」と説明されている魚たちです。
現在開催中の「相模の海の生き物展」で展示しているコショウダイやクロホシマンジュウダイがそうです。


周縁性淡水魚「コショウダイ」


周縁性淡水魚「クロホシマンジュウダイ」

当時、この両種に貝の赤ちゃんを寄生させてみて、途中で塩水にさらしながら飼育を続けてみると、貝の赤ちゃんが稚貝に育ち、生きて魚から離れてきてくれました。
貝の赤ちゃんにとって2つの関門「その魚が寄生相手としてマッチするのか」「寄生している間に塩水にさらされても平気なのか」をクリアしたのです。
我ながら、ちょっと異端な実験をしたと思います。海水魚に淡水二枚貝の赤ちゃんを寄生させてみよう、なんて、普通は考えませんよね。
でも、その魚が貝のくらす水域にもやってくる以上、赤ちゃんに寄生される可能性はあると思っています。ここはまだ状況証拠となるデータがないので、まだ妄想レベルですが…。

そこで3つ目。ズバリ「自然下の塩水域にいる魚に貝の赤ちゃんが寄生しているのか」これです!
これを確かめないことには、私の仮説を妄想から先に進めることが出来ません。
研究仲間の大学の先生が、東北地方にあるイシガイ類がすむ湖で操業する漁師さんと知り合いだったことを思い出しました。無理を言って「塩水が入ってくる水域で漁をしてもらえませんか」とお願いしてもらいました。時期は12月、その水域では氷が張る寸前です。そんな時期に無理を聞いて下さった漁師さんには本当に感謝です。送られてきた魚は、ワカサギやボラ、ヌマガレイといった、いかにも海の近くにいそうな魚たち。そこには、当館の「お魚にごはん」で人気のウグイも含まれていました。冷凍で送られてきた魚をせっせと解剖しながら、魚をパーツごとに顕微鏡で調べていきました。
まさにビンゴ!でした。魚のエラやヒレに、少なくとも2種類の貝の赤ちゃんが寄生していたのです。


ヌマガレイのヒレに寄生した貝の赤ちゃん


ワカサギの口に寄生した貝の赤ちゃん

…これらをまとめますと、イシガイ類の成貝は「ちょくちょく淡水にさらされる感潮域までは生きることが可能らしい」「自然の塩水域でも魚によって運ばれている貝の赤ちゃんがいた」ことになります。前の論文から結構時間が経ってしまいましたが、2023年にやっと公表することが叶いました。よい研究仲間に恵まれたことも含めて、目頭が熱くなる瞬間でした。

研究のだいご味は、新知見を世の中に送り出せることです。
それに喜びや意義を感じる方は、能力の高低にあまり関係なく、研究に向いてるのかなと思います。
そのあたりのお話を、当館にインターンシップで来られた学生さんや、出張講義で出向いた学校などでするようにしています。
そうした中で、研究に興味を持って「私も手掛けてみたい」と言ってくれる方や、実際に手を動かし始めた方も少ないながらおられます。
嬉しいことです。
私も引き続き、興味を持ったことを楽しみながら調べていきたいなと思っています。

伊藤


2024年11月
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